11月の証(あかし)~「忙しさの中で忘れかけていたこと」 Y.Iさん~

私が聖書を読んで神様に気づかされたことを共有したいと思います。

今回読んでいたのは、聖書のエステル記と言う場所の1章で、簡単に説明すると以下のような内容です。

ある時、ペルシャのアハシュエロス王がお城で身分の低い者から高い者に至る全ての民のために宴会を催しました。この宴会には有力者、貴族、諸州の首長たちも出席していました。

宴会最後の日に王様は、王妃であるワシュティの美しさを皆に見せるため家来たちに王妃を連れて来るように命じました。

しかし、王妃は自分も宴会を催していたので、王の命令を拒否しました。

このことに王様は非常に怒り、王妃の位をワシュティから別の婦人に与えることに決めました。

この後、主人公であるエステルという娘が王妃に選ばれることになるのですが、詳細はエステル記を読まれてみて下さい。

いつもは、主人公エステルが出てくる前の話なので、軽く流して読んでいたのですが、今回、祈って読んでいるとなぜか目に留まりました。

聖書の中でイエス様と自分の関係を花婿と花嫁に例えられている箇所があります。

それを今回の箇所に当てはめてみるとイエス様が私に祝福を与えようと呼ばれることがあるのに、王妃のように自分の用事だけで拒否すれば、イエス様は別の者に祝福を与えてしまうということに気づかされました。

というのは、私が最近仕事が忙しいために祈りと御言葉を大切にすることを忘れかけていたからです。

1章の最後にはこうあります。

「そこで王は、王のすべての州に書簡を送った。各州にはその文字で、各民族にはそのことばで書簡を送り、男子はみな、一家の主人となること、また、自分の民族のことばで話すことを命じた。」エステル記1章22節

この箇所からも、男子=神様ととらえると自分の中で神様を主人とし、神様の言葉である御言葉を一番にするように言われていることに気づかされ、悔い改めさせられました。

忙しいを理由にするのではなく、その中でも神様の祝福の呼びかけにいつでも応えるために祈りと御言葉の時間をとることを諦めないようにします。アーメン