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◎癒された証

毎年、冬になるとうつになっていました。10月のアンテオケミニストリーで癒しの祈りについて学び、その中でうつに対する祈りも学びました。それから私はわらにもすがる思いで、毎日うつに対して、イエスの名で宣言し続けました。

その宣言とはこういう祈りでした。「神様の喜ばれない私の固定観念やこだわり、恨みや憎しみを捨てます!イエスの名前で放棄します!私の価値観や考え方、習慣よ、イエスの名前で命ずる。聖書的に健全になれ!うつ病よ!完全に癒されよ!」そして神様の臨在の中で賛美し続けました。

気が付くと、この冬はうつになることなく、喜んで新年を迎えることができました。ドージャー

 

◎神様を体験した証

日曜日、14時から大事な仕事に行かないといけませんでした。しかも私が利用している電車は最近よく遅れていました。礼拝に出席してから仕事に向かうのは難しいように思われました。それでも思い切って午前中に礼拝に行ったら、新年礼拝で恵まれ、聖餐式も受けることができ、仕事にも無事に間に合いました。 マーク

 

◎神様を体験した証 

 教会で、聖書を最初から最後まで読み通すことを勧められてきました。はじめは読み進めるのが苦痛だったのですが、みんなが勧めるので読んでいました。

聖書を読み続ける中で、いつの間にか聖書を読むのが軽くなってきました。今では聖書を読むと、エネルギーと愛と希望が湧いてきます。

(ワンポイントアドバイス:聖書は旧約・新約合わせて1189章ありますので、一日4章読めば約300日で一読できます。)ドージャー

 

「聖書はこう言っています。『彼(イエス・キリスト)に信頼する者は、失望させられることがない。』」(ローマ人への手紙10章11節)

オイコスチャーチ2018年の目標は聖書的思考に立ち返り、御心に従い、伝道に励もうです。

根拠となる聖書箇所は、「主を恐れることは知識の初めである。」(箴言1章7節)

『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』また『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』」(ルカの福音書10章27節)

神を愛するとは、神の命令を守ることです。」(ヨハネの手紙第一5章3節) です。

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。皆さまに神様の祝福が豊かにあるようにお祈りします。

12月に入り、華やかなクリスマスムードに包まれる季節になりました。クリスマスはイエス様の誕生日のお祝いの日です。そのイエス様とはどんなお方であるかを紹介したある詩をご紹介します。

ひとりの孤独な生涯     作者不詳

彼は、世に知られぬ小さな村のユダヤの人の家に生まれた。
母親は、貧しい田舎の人であった。
彼が育ったところも、世に知られぬ別の小さな村であった。
彼は30才になるまで大工として働いた。
それから、旅から旅の説教者として3年を過ごした。
一冊の本も書かず、自分の事務所も持たず、自分の家も持っていなかった。
彼は、自分の生まれた村から200マイル以上出たことはなく、
偉人と言われる有名人にはつきものの「業績」を残したこともなかった。
彼は、人に見せる紹介状を持たず、自分を見てもらうことがただひとつの頼りであった。
彼は、旅をしてまわり、病人をいやし、足なえを歩かせ、盲人の目を開き、神の愛を説いた。
ほどなく、この世の権力者たちは彼に敵対しはじめ、世間もそれに同調した。
彼の友人たちは、みな逃げ去った。
彼は裏切られ、敵の手に渡され、裁判にかけられ、ののしられ、唾をかけられ、殴られ、引きずり回された。
彼は十字架に釘づけにされ、二人の犯罪人の間に、その十字架は立てられた。
彼がまさに死につつある時、処刑者たちは彼の地上における唯一の財産、すなわち彼の上着をくじで引いていた。
彼が死ぬと、その死体は十字架から下ろされ、借り物の墓に横たえられた。
ある友人からの、せめてものはなむけであった。
長い19の世紀が過ぎていった。今日、彼は、人間の歴史の中心であり、前進する人類の先頭に立っている。「かつて進軍したすべての軍隊と、かつて組織されたすべての海軍、かつて開催されたすべての議会と、かつて権力を振るいながら統治したすべての王様たちの影響力のすべてを合わせて一つにしても、人類の生活に与えた影響、人々のいのちに与えた影響の偉大さにおいて、あの『ひとりの孤独な生涯』には到底及びもつかなかった。」と言っても決して誤りではないだろう。

イエス様は神の子でありながら、人としてこの地に生まれ、私たちが人生で味わう労苦を経験され、最後には私たちの罪の身代わりために十字架にかけられて死なれました。そして3日目に神の力によって復活されました。このイエス様を自分の救い主であると信じるとき、私たちは罪から救われます。これが聖書が伝える福音(グッドニュース)です。そのイエス様がお生まれになったのがクリスマスです。

今年のクリスマスはぜひお近くのプロテスタントのキリスト教会にお越しください。イエス様があなたを待っておられます。

◎癒された証

アンテオケミニストリー(テーマ「心の癒し」)に参加した時のことです。5-6歳くらいの自分が鏡を見て「かわいくない」と思っていた時の場面が浮かびました。私はずっと自分がかわいいと思われるかどうかをいつも気にして生きてきました。でもその思い出の中にイエス様が来られて、私を「かわいい、かわいい」と言って抱きしめてくださいました。一番愛してくださっている方のその言葉で心が満たされました。レベッカ

◎癒された証

礼拝で人のために祈ることで受ける祝福について聞きました。その後、子どものことで悩んで頭がいっぱいになっている時に、とても大きな悩みを抱えた方と会いました。その方のために祈っているうちに、自分自身の思い煩いがなくなっていました。S

◎神様を体験した証

日曜の朝、台風の影響で電車が止まり、教会へ行く交通手段が閉ざされました。ふとバスをネットで検索すると、一つの経路がありました。一見、遠回りの経路でしたが、教会最寄りのバス停まで行くことができ、礼拝に間に合いました。神様が知恵を与えてくださり感謝でした。S

今年のクリスマスの各集会のご案内です。子どもクリスマス…12月3日(日)14:00~16:00、クリスマス礼拝/昼食会…12月24日(日)10:30~12:00/12:30~14:00、イブ礼拝…12月24日(日)18:00~19:00、カウントダウン賛美集会…12月31日(日)12:00~0:00、ニューイヤー礼拝…2018年1月1日(月・祝)0:00~1:00

↓↓チラシをクリックして拡大してご覧ください↓↓

「私は、真に必要な終活を知った」

私は25年前までは看護師として働いていました。 看護師になり数年が経った時に、「人は人として生まれてきたが、患者として死んでいく」ことに戸惑いを感じました。病があるから医療優先になるという、やむをえない現実がありますが、家族や社会や関わりの総決算の機会がないまま亡くなることに虚しさを覚えました。(勿論、どの医療従事者も最善を尽くしていましたが)。

その思いから、緩和ケア病棟での勤務を希望して、病院を変わりました。 緩和ケア病棟では、肉体的・精神的・社会的なケアを行っていました。そこで私は、ただ患者としてではなく、その人の人生の総決算を、痛みや症状に対する対応と共に寄り添いました。私の勤めた病院はキリスト教の病院でしたから、讃美歌や聖書のお話、牧師の訪問などもありました。私は死別の悲しみはありましたが、「人が人として生き、患者ではなく人として死んでいく」ことに、安心がありました。

しかし、私は看護師を辞めて、クリスチャンの主人との結婚を機にクリスチャンになりました。私は聖書を読んで真実を知りました。「人は人として生まれ、この世でイエス様を救い主として受け入れ、神の子供として死んでいく」ことこそ、本当に必要なことだったのです。真実な終活とは、イエス様を救い主として受け入れ、神の子供となることにより、肉体は死んでも永遠に生きる準備をすることだと確信しました。
私の両親は仏教徒でしたが、イエス様を救い主と信じて、教会の方々に祈られながら終末を穏やかに家族と過ごして、天国に旅立ちました。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである聖書
真実の終活を望む方は教会に足を運んでください。今は、人の健康や痛みを肉体的・精神的・社会的・・そして霊的、皆さんがスピリチュアルと言われる分野もフォローが必要であると語られています。そのスピリチュアルこそ教会であり、聖書の中に答えがあります。

※ご希望の方には、新約聖書を無料で差し上げます。教会に来てくださればお渡し致します。また郵送もできますので、詳しくはお電話でお問い合わせください。

10月22日(日)にオイコスチャーチの献堂9周年記念礼拝とお祝い会がありました。

午前の礼拝では「人間関係・回復の為に」というテーマで牧師によるお話がありました。午後からはランチを頂き、ゲームをしたり、神様が自分にしてくださったことを分かち合ったりしました。

参加してくださった方々、お祈りによって支えてくださった方々、また地域の皆様に心から感謝します。そしてすべての栄光を神様にお返しします。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 ヨハネの福音書3章16節

キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、 エペソ人への手紙2章14節

この度オイコスチャーチは9周年記念礼拝をいたします。

はじめての方もどうぞお気軽にお越しください!

↓↓詳しくはチラシをクリックしてみてください↓↓

 今回は、全米ナンバーワンの大ヒットを記録したと言われる「War room・・・祈りのちから」をご紹介します。日本人からすれば、こんな地味な映画なのに、何故大ヒット?と思われるかもしれませんが、この原作者は神に祈るということの本質を極めて良く熟知した人だなぁと個人的には感動しています。
人生にはどうしようもないことや、うまくいかないことが多々あります。しかし、祈りによって、私たちが修復不能と決めつけていた人間関係が回復され、神様からとてつもない幸せが訪れます。それを引き寄せる原動力は信仰による祈りです。
信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(聖書 へブル書 11章1節)
 あらすじです。老婦人のクララは家族の思い出が詰まった家を売却することになり、不動産仲介業のエリザベスと出会います。エリザベスは仕事で実績をあげ、夫トニーと10歳ぐらいの女の子と豪華な家に住んでいます。夫トニーも薬品会社の営業マンとして成功し、かなりの高給取りのようです。一見、何の問題もない家族ですが、夫婦間の会話の欠如、浮気寸前の夫の行状、親子の断絶・・・家族関係崩壊の危機を迎えていました。クララはエリザベスとの会話から、この家族が抱える危機を敏感に察知します。同時に、エリザベスの信仰を建てあげ、祈りという武器を伝える為に、自分の戦いの部屋(War room)に案内するのです。それは、クララが数十年という長きにわたって祈りを続けてきた、彼女の祈りの部屋、ウォークインクローゼットでした。壁には祈り項目や、かなえられた祈りの膨大なメモが貼られています。
そしてクララは言います。
「赦すのよ!そうしない限り、神様からの赦しは来ないの・・」
「あなたは戦う敵を間違えている!」
「罪を告白するの。」
「祈りによって戦うのよ!」
狂信的にみえるクララの態度に、最初のうちはうとましく思っていたエリザベスでしたが、クララの真実性に次第に影響を受け、彼女は祈りはじめます。
聖書の教えに心がはげまされ、エリザベスは真の幸福を求めます。本当に戦うべき相手に気付き、祈りの戦士へと変えられていったのです。不思議なことにエリザベスの心が変わり始め、やがて彼女が語る言葉が変わり、行動も変えられていきます。すると、さらに不思議なことが起こりだします。娘の態度が変わってきました。やがて、夫も・・・。 筆者の眼からも涙が・・・。これ以上は、この映画を見てください。
多くの方々が夫婦間、親子間、友人間・・・といったありとあらゆる人間関係において悩んでいるように思われます。
「認め、認められる喜び」 「愛し、愛される喜び」を求めているにも関わらず、それを得ることが出来ずに傷つき苦しんでいることが多いのではないでしょうか?いったん人間関係がこわれてしまうと、自分の心もこわれてしまいます。しかし聖書には、あらゆる人間関係回復の知恵が書かれています。
キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、・・・(聖書 エペソ書 2章14節)
たとえ、様々な人間関係がバラバラになっても、平和の神様が両者を一つに回復して下さいます。聖書の神様は関係回復の神様でもあるからです。
真実の幸せや平和を求めているにも関わらず、夫婦関係、親子関係、友人関係、上司との関係・・・様々な関係において、傷つき疲れているあなた。今が、関係回復のその時です。当教会では、このような回復のお手伝いをしたいと考えております。
この映画に見られる祈りの力は本物です。祈りによるこのような喜びの体験は、実際に起こるのです。
尚、この映画はお近くのレンタルショップで、お借りになることが出来ます。ご覧になられた方は感想をお聞かせください。