証(あかし)2025

神様が心を回復させてくださった証

最近、知り合いの人が手術をすることになり、時を逃さないようにしようと思って、励ましのプレゼントを送ることにしました。手作りのお菓子も送ったのですが、台風の影響で届くのが遅れるかもしれないとのことでした。お菓子が腐ったらどうしようとか、気を使う思いや、心配する思いがありました。

そんな中、第二サムエル記7章を読みました。ダビデが神様のために家を建てようとしたら、神様がダビデのために家を建てると言ってくれたところで、ダビデは神様のために家を建てようと思っただけで、後で準備はするけど、その時は何もしていないのですが、何かやったとか、結果を出したとかでなくても、神様のために何かしようと思っただけで、神様はダビデのために家を建てると言ってくださったことを深く受け取りました。

「神様のためになにかしたいと思った。神様に心を向けるだけで、それで良い」といわれた感じがして、心の重荷がとれて、神様に委ねることができ、御心を行ったという平安と確信がきました。

そしてお菓子も遅れることなく無事に届いて、喜んでもらうことができ、神様の愛を感じてもらえました。

最近信仰がダウンしていて「神様のことをするのに疲れてしまいました」と本音で祈ったのですが、神様は私に愛を注いでくださり、このことを通して神様に仕える喜びを回復させてくださいました。

詩編41:1「幸いなことよ。弱っているものに心を配る人は。主はわざわいの日にその人を助け出される。

マタイの福音書25:40「そこで、王は答える。『はっきり言っておく。私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。